シンギュラリティは起きている
her/世界でひとつの彼女
映画情報
- 原題:Her
- 制作年度:2013年
- 制作国・地域:アメリカ
- 上映時間:126分
- 監督:スパイク・ジョーンズ
- 出演:ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ
だいたいこんな話(作品概要)
少しだけ未来のロサンゼルス。手紙の代筆を生業にしているセオドアは、妻と別れたことをうまく受け入れられず、一年以上離婚の書類にサインも出来ず、ふさぎ込んだ日々を過ごしていた。
ある時街なかで、世界初の感覚的人工知能型OSの広告に目がとまり、そのまま手に入れて家に帰った。購入してすぐに深く考えることもなく、人工知能型OSの音声を女性に設定したのだが、やがて彼女との会話に癒され恋をしてしまう。
わたくし的見解
スパイク・ジョーンズの作品は、彼の映画という以上にチャーリー・カウフマンの映画であるようなイメージが強い。スパイク・ジョーンズ監督初期の代表作「マルコヴィッチの穴」「アダプテーション」などは、チャーリー・カウフマン脚本であるからだ。正直、私の中では2人はごっちゃになっている。
チャーリー・カウフマン脚本「エターナル・サンシャイン」の監督ミシェル・ゴンドリーも、もう一緒くたである。夢見がちで繊細で、煙に巻かれたような気分になる作品群。比較的好きな類ではあるけれど、観るのも少し面倒に思え、人様に強く薦めるにはやや気が引ける。
「Her」は、脚本もスパイク・ジョーンズが単独でクレジットされていて(これは長編作品としては初めてらしい)そう言われてみると、これまでの作品とは少しだけ違う気がする。
相変わらず、夢見がちで繊細で哲学的でスカしてて、しかし今回は煙に巻かれない。SFでありファンタジーめいているが、意外と現実的で、無性に人様に薦めたくなる作品だった。
スパイク・ジョーンズ曰く、Siriが世に出回るずっと以前から抱いていたアイディアだそうで、進行形で人工知能が急速な発展を遂げる今となっては、あり得なくはないリアリティーのある物語になっている。
英単語としての「シンギュラリティ」は、技術的特異点と和訳されるが、近頃は「人工知能が人類の叡智を超えること」を指すキーワード。
何十年か先(2045年とか2050年とか)に起きるだろうと声高に叫ばれているが、人類全体ではなく、個々の人間レベルではすでに起きとるがな、と私には思えてならない。
Siriに無理強いをした時など顕著だ。すでに何度もネットで話題にされているように、「歌って」と強要すれば、(音階がつけられないので)自信がないと前置きした上で歌ってくれるし、「モノマネして」と言えば、幾度か断ったあとで旬の芸人のモノマネもしてくれる。
質問に対する正確な答えだけでなく、「より人間味のある答え方」が進化しているのを目の当たりにすると、その辺の気の利かない女性と話すより、Siriと話した方が楽しいと思われても仕方がない。
Siriより受け答えのつまらない人間なんて、掃いて捨てるほどいる。
そんなこんなで、主人公のセオドアがAI(人工知能型OS)に恋してしまうことを納得するのは容易い。この手の作品にありがちな、人と深く関わりを持てないタイプの主人公像ではない点も鑑賞しやすい。
離婚の傷心から立ち直れず、それを心配して恋人候補を紹介してくれる友人もいる。それでも、優しく賢く、活き活きと会話するAIに癒されるのは当然な気がする。
しかも、Siriよりも一層滑らかで感覚的な話し方をし、加えてアナウンサーのような美声ではなく、少し掠れ、しかし魅力的なスカーレット・ヨハンソンのセクスィーヴォイスなのだ。
個人的には、人間がAIに恋していく過程ではなく、AIがどのように進化を遂げていくかの描き方が面白かった。
人に寄り添うようにプログラムされたAIが、ディープラーニングしていく中で疑問や欲求を抱くようになる。自身について劣等感を抱くこともある。
70年代のSFブームの頃から、アンドロイドは電気羊の夢を見るか、のようなフレーズがあるが、本作に登場するAIのサマンサ(AIが自分でつけた名前)はOSであるため、アンドロイドのような体さえ持たない。
彼女は肉体を持たないことや、人間ではないことに強く劣等感を抱く時があり、そんなことあるだろうかと思いつつも、人に近づきたいと欲するAIに、つい心を打たれてしまう。きっと、スカヨハのセクスィーヴォイスのせいと思いたい。
セオドアが何度か、今の恋人はAIだと打ち明ける場面がある。驚きはあるものの、案外あっさり受け入れてくれる友人もいれば、元妻には強い拒否反応を示される。
大いにあり得る周囲の反応や、主人公の葛藤などリアルな展開を見せ、多くの(人間同士の)恋愛同様に、別れが訪れる。
恋する過程では、AIが自身は何なのか探求し、生身の人間であるセオドアも自らを何度となく省みて、それぞれが成長を遂げる。職業として手紙の代筆を続けてきた主人公が、自分のために手紙を書くシーンはその証。
物語の概要を聞くと、ホアキン・フェニックスの外見もあって、陰湿で屈折した恋愛映画を想像しそうだが、思いもよらず爽やかなヒューマンドラマに仕上がっている。
進化したAIに人類が脅かされるようなSF作品の定番的展開や、それに付随して「気を付けろぉ」と長井秀和も戒めたりしない。こんなSFもええじゃないか。な、お薦めの秀作。