映画ザビエル

時間を費やす価値のある映画をご紹介します。

スルメの三つ巴

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スリー・ビルボード

映画情報

だいたいこんな話(作品概要)

舞台はアメリカ、ミズーリ州。田舎町の外れに、巨大な広告看板があった。誰も気にも留めない三枚の朽ちた看板に、広告を掲載したいと申し出る中年女性が現れる。彼女は田舎町の住人で、7か月前に娘を殺害されていた。

殺人事件の捜査が進展しないことに、業を煮やした中年女性ミルドレッドは、地元警察に対する抗議メッセージを広告に掲載する。

人望のあつい警察署長を擁護する住人から、ミルドレッドはあからさまな攻撃を受け、抗議の看板によって排他的な田舎町に不穏な波風が立つ。そして、事態は思わぬ急展開を見せるのだが。

わたくし的見解

当然、娘を無残に殺された母親、ミルドレッドが主人公ではあるものの、彼女の物語のようでいて彼女だけの物語ではない。また、7か月前の殺人事件が解決されることが、主軸でもない。心の置き所が難しい、何とも言えない居心地の悪さが特徴的ですが、とても素晴らしい作品です。

「(簡単には)解決しないこと」を丁寧に描いているため、面白くないという感想も一理あるでしょう。ただ、そのような事象を、間違いなく面白い映画として完成させています。ニクいね。

かつて、イギリス人であるサム・メンデス監督が颯爽とハリウッドに登場し、「アメリカン・ビューティー」という作品で、現代アメリカにおける理想的な中流家庭の闇を鮮やかに描ききったように、同じくイギリス人監督のマーティン・マクドナーも、エッジの効いた視点で理不尽な世界を見せつけてきた、という印象を受けました。

広告掲載から始まるミルドレッドの戦いは、理不尽な世界に対する怒りの感情が引き起こしたもの。娘を失った彼女の「悲しみ」については、田舎町の誰もが理解を示し同情的だけれど、「怒り」に対しては明確な反発が生まれます。

ところが、意識無意識にかかわらず弱まっていた事件への関心が、ミルドレッドの「怒り」によって嫌でも呼び起こされることに。

ミルドレッドはこの戦いを始めるとき、反発やそれ以上の何かが起きることは覚悟していたと見受けられます。けれども、それは「自分の身に何が起きても構わない」という覚悟であって、他の人がどのような傷つき方をしても当然の報いである、と思っている訳ではない。

ミルドレッドは人が傷つくことで自分も一層傷つきながらも、戦いをやめません。強い完璧な母親像を描いているのに、決して彼女を英雄に仕立て上げない。

ミルドレッドの怒りや悲しみは、もっともだ。しかし、必ずしも正しい道とは言えない。そんな、とてもフェアな視点によって作品への信頼感が増します。

行動の起点として「怒り」という感情は強い力を発揮するけれど、実際に行動する時には、判断力を鈍らせる厄介者になる。これは、ミルドレッド以外の中心人物を描くパートでも繰り返される、作品のテーマとも言えるでしょう。

また劇中で、看板の掲載について「良い一手だった」と褒めてくれる人がいます。確かに殺人事件の解決に向けて、大局を変える重要な一手になったと言えるのですが、だからと言ってミルドレッドを必勝に導く一手とは限らない。もしかしたら、彼女を大敗に導く一手だったのかも知れない。

怒りの感情の使いどころ同様に、そのような物事の二面性あるいは多面性を見せてくる作りも、本作の魅力のひとつです。

現実世界のままならなさを、わざわざ虚構の世界で見たくない人にはお勧めできませんが、2018年のまだ序盤ながら、本年度大本命の一作ではないかと静かに興奮しました。

個人的に、昔からサム・ロックウェルが好きなので、オスカー像(最優秀助演男優賞)を手にさせてあげたいなぁと願っています。アカデミー会員ではないので、願うことしか出来ないのですが。