映画ザビエル

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純文学 for Geeks

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風立ちぬ

映画情報

だいたいこんな話(作品概要)

ゼロ戦の設計者、堀越二郎をモデルに堀辰雄の小説「風立ちぬ」からインスピレーションを受けて作られた物語(フィクション)。大正から昭和にかけての日本。関東大震災や世界大戦へむかう閉塞感の漂う時代に、ただ美しい飛行機を作りたいと情熱を注ぐ青年。その青年とヒロインとの出会いと別れ。宮崎監督お得意のボーイミーツガールが、かつての日本というリアルな舞台で繰り広げられる。今のところ、宮崎駿監督の長編アニメとしては最後の作品。

わたくし的見解

紛う方なきオタクの物語である。主人公は零戦を作った人をモデルにしていると知った時点で、オホホと思った。飛行機狂の宮崎さん「紅の豚」以来の趣味全開フルスロットルな映画を作ったのね、と。

年を取ると何でもアリだな、成功してると怖いものナシだな、とも。

ユーミンの主題歌に映像のみの劇場予告を見て、私は泣いた。ポルコ・ロッソ以上に男子力溢れる作品だろうと想像していたのに、それだけではない様子。堀辰雄の要素も思いのほか強く反映されているようだった。時代設定は過去だが、非常にそれは現代とリンクして見えた。

私は映画館で予告編を見ている時、十中八九、涙している。近頃は邦画の上映作品が多いので、泣かせるジャンルが特に多いのだと思う。そして予告を見て泣いた作品の本編は、十中八九、観ないことにしている。私の映画鑑賞は、泣くことを目的にしていないからだ。

だから今ひとつ良くない作品への一般的評価も、喫煙についての云々も、どこ吹く風。私は自身の涙腺バロメーターに邪魔されて「風立ちぬ」の鑑賞に少し迷いがあった。結果的にそれは杞憂に終わった。

鳥人間コンテストに毛が生えた程度の飛行機で、ライト兄弟が世界初飛行(有人動力飛行)に成功したのが1903年。たった十数年後に始まる第一次世界大戦で、飛行機は戦闘機として実用化するまでに至る。皮肉なことに戦争なくして、これほどまでの急速な進化を遂げることも無かっただろう。

航空技術者の誰もが、人殺しの道具を作りたくて心血を注ぎ、飛行機を作った訳ではない。けれども時代は彼らにそれを求めたし、求められたからこそ、彼らは優遇された(資金面も含めた)環境の中でそれを成し遂げることが出来た。

主人公の友人、本庄が口にしたように世の中は矛盾に満ちている。それは戦時中でなくとも同じだ。

主人公の堀越二郎は、完全にオタクだ。私がここでオタクと呼んでいるのは(間違ってもモッズ系ではないのに)ズボンの裾丈が微妙に足りない、二次元の美少女にご執心の殿方だけを指しているのではない。深度の深い人、特定の物事への探究心が非常に強い人を呼んでいる。

二郎は、つねに飛行機にご執心で「二十四時間あたまの中で何かがダンスしている人」系。文字通り寝ても覚めても、飛行機の夢を見ている。

美しい飛行機を夢想する彼にも現実の矛盾は容赦なく、無視することは不可能に等しい。純粋培養的に生きてきた人だからこそ、キツかったに違いない。私がこの作品や主人公たちに好感を抱く理由のひとつは、その矛盾について言い訳をしていないところだ。

震災や、戦争が始まる前の不安で貧しい状況下をあまり感じさせない、ハイソでブルジョワな主人公たちの暮らしぶりだが、だからと言って彼らが痛みを持たない訳ではない。

豊かであるがゆえの劣等感を抱きながら(これもまた凄まじい矛盾だ)、お上品なため感情をぶつけたりはしない。それは、たとえば小津映画の一見無機質なようでいて(無口な笠智衆の)内に秘めた何かを感じた時のような、切なさを覚えた。

そのくせ、大好きだ、と驚くほどストレートに、気後れせず愛情表現する様も美しい。

宮崎駿という稀代のオタクが、現代に求められる才能を持ち成功した庵野秀明に、彼と同様にその時代に求められた飛行機オタク二郎を演じさせた、of the オタク, by the オタク, for the オタクな物語だった。

宮崎アニメ、ジブリアニメという枠ではなく、大変良い映画であり誇るべき邦画だと強く感じた。