映画ザビエル

時間を費やす価値のある映画をご紹介します。

悪という重力に抗う

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ダークナイト

 映画情報

だいたいこんな話(作品概要)

クリストファー・ノーラン監督が手掛けた「バットマン」の「ダークナイト」シリーズ2作目にあたる。同シリーズの前作、ブルース・ウェインバットマンになるまでを描いた「ダークナイトビギニング」と、最終章の「ダークナイトライジング」の間に配置されているものの、タイトルからも分かるようにシリーズを象徴した中核を担う作品。バットマンが暗黒の騎士、ダークナイトと呼ばれるに至った経緯が明かされる。

宿敵ジョーカーとの対決や、バットマンの正体を知る数少ない存在でもある幼馴染のレイチェルとの恋の行方。そして、バットマンのファンにとってはジョーカー同様に人気の高いヴィラントゥーフェイスの登場など盛り沢山な内容に加え、2000年代の映画の中でもトップ10に入る人気作品。

 

わたくし的見解/「トロッコ問題」子供に出すなら、掃除当番とかに置き換えるべき

現在公開中の「ジョーカー」とは、原作を同じにしているだけで関連性はないのですが、やはりジョーカーと言えば「ダークナイト」のヒース・レジャーの印象は強烈でした。

ティム・バートン監督によるシリーズでは、あのモンスター俳優ジャック・ニコルソンが演じ、近年ならば「スーサイド・スクワッド」のジャレッド・レトも悪くなかったのですが、遺作であるという贔屓目を取っ払っても「ダークナイト」のジョーカーは特別な存在として多くの人の記憶に刻まれています。そもそも物語自体が、バットマン以上にジョーカーのためにあるようなものでした。

アメリカン・コミック原作の映画とは思えない程、重厚なテーマを扱っている点でも異彩を放っていました。ここでのジョーカーは、実に純化された悪として登場します。銀行強盗のシーンから始まってはいるものの、金などには目もくれず、人々に恐怖を与えることで狂気を生み出し、混乱(カオス)に陥れることを目的に生きている、政治思想などもまるで持たない生粋のテロリストなのです。

治安の悪さに拍車をかけて、警察組織や司法に至るまで汚職まみれのゴッサム・シティにおいて、一縷の希望として登場した正義の検事、ハービー・デントまで悪に染めてしまうなど、実はジョーカーによって何手も先の展開が用意されていたことに痺れた観客も多いことでしょう。特に「トロッコ問題」を持ち出し、人の良心に揺さぶりをかける卑劣なやり口は、言葉たくみに信仰を棄てさせようとする悪魔の如しです。

「トロッコ問題」とは簡単に言うと、一人の命を救うために複数の命を犠牲にするか、あるいは複数のために一人を死なせるか、などを問う思考実験です。当然、理想を言えば全員を助ける解決法を模索するべきですが、(例え話ではなく現実ならば一層)大抵の場合、タイムリミットが存在し選択肢は極端に限られてしまいます。

作品においては(いくつかそれが出題されていましたが)最も分かりやすかったものとして、二隻のフェリーのいずれかを爆破すれば片方は助かるというものです。この場合、乗客の人数に大差はなく代わりに片方には一般市民が、もう一方には囚人が乗せられていて、船長の手元には自分達の乗っていない方のフェリーを爆破するスイッチが渡されているのでした。

ジョーカーは「自らが生き延びるために他者の命を奪わせること」を映画の冒頭から行っており、この一貫性にも憎らしい以上に鮮やかさを感じてしまいます。ジョーカーが、と言うよりも脚本の緻密さに感心せずにいられません。

しかし、そのようなアメコミ作品らしからぬシリアスな作風ばかりが取り沙汰されがちですが、実は超絶楽しい映画だったりします。

残念ながら「007」の新シリーズには参加出来なかったクリストファー・ノーラン監督ですが、スパイ映画への意欲は本物らしく(事実、次回作はスパイもの)そう思って見ると「ダークナイト」前半のバットマンは「ミッション・インポッシブル」のイーサン・ハントと見紛うド派手なアクションを展開。

さらに、終盤で見られるジョーカーによるナースのコスプレは、ヒース・レジャーが他界さえしなければ、おそらく「サタデー・ナイト・ライブ」を筆頭にあらゆるところでパロディされたであろう、映画史上に残る名シーンだと(かなり個人的に)位置づけています。

突き抜けたクールな悪党ぶりに、皆が心酔してしまうヒールというのはいるもので、たとえ看護婦の格好やスキップなどで滑稽に見せても、ジョーカーはまさにそういった存在でした。本作では、すっかり性格の良いシュナウザー(犬)みたいな顔をして、角の取れた演技をしているゲイリー・オールドマンも、かつては「レオン」で悪徳警官を演じ、そのキャラクターは凶悪であるのに憧れの的でもありました。

そのような事に思いを馳せるとヒース・レジャーにも、ジャック・ニコルソンゲイリー・オールドマンのように若い頃はキレッキレの演技でインパクトを残し、年齢を重ねてからまったく違う魅力を発揮して欲しかったと改めて惜しく感じます。

とは言え、将来有望な俳優の死とセットになってしまった「ダークナイト」も、そのショックから幾らか解放された今、再び鑑賞してみると人気の具材全部のせのスペシャル丼のごとく、エンターテインメントを極めた作品だったのだと認識できました。