透明感で包みこんだ闇
ルーム
映画情報
だいたいこんな話(作品概要)
原作は、2010年に出版されたベストセラー小説「部屋」。原作者のエマ・ドナヒューは、本作の脚本にも参加している。
ジャックは目覚めると部屋のランプやシンクに朝の挨拶をする。ママと一緒にストレッチをして、駆けっこしながら狭い部屋の壁を何度もタッチする。
ジャックは、そんなトレーニングもゲームのように楽しんでこなす日々の中、5歳の誕生日を迎えた。この部屋で生まれ、この部屋しか知らないジャックに、ママは初めて外には広い世界があることを知らせるのだが。
わたくし的見解
さて、今回ご紹介する作品は、年始らしいおめでたさゼロ。監禁脱出モノです。おそらく、そのような映画ジャンルはないものの、残念ながら現実でもしばしば起きている「監禁事件」を描いています。
原作はフィクションですが、やはり実際に起こった海外の事件をモチーフにした物語のようです。
映画の主人公ジャックは5歳の少年。彼の母親は、オールド・ニックと呼ばれる男によって部屋(納屋)に7年間監禁されています。彼女は部屋でジャックを身ごもり、ここで生まれたジャックは一度も部屋から外に出たことはありません。
概要だけ聞くと映像作品としては、ほぼスリラーを想定しますが、内容が内容だけにあえて爽やかに仕上げています。こんな内容で、どうすれば爽やかになるのか想像し難いですが、部屋の中だけで生きることが、いたって自然でごく当たり前の子供、ジャックの視点で描くことで実現しています。
普通の(監禁されていない)暮らしを知る者にとっては、不自由が多く到底健全とは思えない部屋の中だけの生活ですが、生まれてこのかた、この暮らししか知らないジャックにとってみれば、それほど不幸でもない日常として映画はスタートします。
とはいえ、ジャックの母親は普通の暮らしを知っているので、ジャックの成長やオールド・ニックの経済的困窮などから、監禁生活に限界を感じ脱出を試みるという流れ。
しかし、この作品の最大の特長は、監禁からの脱出がクライマックスではないところです。トロント国際映画祭で最高賞を受賞し、アカデミー賞にもノミネートされた作品ながら、どちらかと言えばヨーロッパ映画の描き方を彷彿とさせます。
原作者がアイルランド出身なので、当然と言えば当然かもしれません。ちょっとヨーロッパ的と、わたくしが感じた理由は、脱出劇は意外にもあっさり成功し、その後の物語が丁寧に描かれている点です。
これが超アメリカ映画的だった場合、脱出するまでの周到な準備と実行時のスリルがたっぷりと描かれ、無事に成功してハッピーエンドとなることでしょう。
ただし、ヨーロッパ映画ほどは重苦しい作りをしておらず、主人公のジャックが女の子と見まがうほど可愛いところなど、暗い内容とうまくバランスが取れていて、とても観賞しやすい作品です。
わたくしとしては、この軽やかさが逆に評価に悩む点でもありますが、佳作と言って申し分ない映画です。
今回は映画自体もさることながら、「監禁事件」について思うところの多い作品でした。現実においても存在する犯罪で、しかも個人宅の敷地が広い欧米に限らず、日本でも少なくない事例があるという恐ろしさ。
とくに現実の事件をニュースなどで知るとき、そんなにも逃げ出せないものだろうか。それほど周囲に気づかれず救出されないものだろうか。と浮かぶ疑問に、フィクションではあるものの本作を観て、答えの一つにたどり着けたように思います。
本作に登場する部屋(納屋)は、窓は天窓のみ、ひとつしかない出入り口には暗証番号式の電子ロック。と、確かに脱出は困難に思えます。
しかし、逃げようと試みる時に一番それを難しくするのは、失敗したら殺されるかも知れない恐怖なのだろうと感じました。ストックホルム症候群よりも、逃げられない一番の足かせは、やはり死の恐怖ではないかと。
また、逃げる意欲も時間の経過と共に、どうしても衰退してしまうのも理解できます。
そして何より恐ろしく感じたのは、世の中には物理的には鍵をかけられていないし、自分の意思で出ていける状態なのに、脱出できない人がいるということです。
監禁されていると自由や尊厳が奪われる反面、ある意味では保護されている状態とも言えます。逃げ出せない人々は、心理的に監禁されているのでしょう。
経済的理由などで望まない結婚生活を続けている人や、心身ともに限界を感じているのに仕事を辞められないなど。一見すると事件性がなくても、現実に意外と多くひそむ捕らえられることの恐ろしさ。
本作のテーマとは全く結びつかないのですが、映画自体がさっぱりしていることで、かえって様々な方向に向かって悶々とすることが出来ました。
でもやっぱり。お正月には「寅さん」みたいな、呑気で楽しい映画の方を紹介する方が良かったよな、と年始早々反省しています。