映画ザビエル

時間を費やす価値のある映画をご紹介します。

たらい回しホラー

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わたしは、ダニエル・ブレイク

映画情報

  • 原題:I,Daniel Blake
  • 制作年度:2016年
  • 制作国・地域:イギリス、フランス、ベルギー
  • 上映時間:100分
  • 監督:ケン・ローチ
  • 出演:デイブ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ、ケイト・ラッター

だいたいこんな話(作品概要)

イギリス北東部のニューカッスルで、長年大工として働いてきたダニエルは心臓発作を起こして以降、医師からは仕事を止められている。

働く意欲は強いが、心臓の治療が終わるまで収入を得る手段がないため、国からの援助に頼る他なかった。しかし、複雑な社会保障制度によって支払いは拒否されてしまう。

役所で手続きするうちに、同じように制度から見放されたシングルマザーとその子供たちと知り合う。彼らとの交流は心温まるものであったが、それぞれの生活は困窮していくばかりだった。第69回カンヌ国際映画祭で、最高賞パルムドール受賞作品。

わたくし的見解

ケン・ローチ監督といえば社会派。本作も混じりっけのない、もっすご分かりやすい社会派作品です。The 社会派、This is 社会派、とシュプレヒコールして街をねり歩いてもいいくらいです。

同監督は10年前にも「麦の穂をゆらす風」でパルムドールを受賞しているのですが、そちらはアイルランド独立戦争を描いているためか、(私自身が不勉強なこともあり)社会派な上にとっても真面目な作品、という印象しか残っていません。

くらべて本作は、現代進行形で起きている問題を扱っているからか、あるいは監督が御年80を迎え肩の力がいい具合に抜けた余裕の現れなのか、とりあげられている問題は極めてシリアスながらも、大変とっつき易くライトタッチに仕上げられています。

カンヌ映画祭の受賞作品は、よく分からんと評価されるケースが多々ありますが、本作に難解な部分はありません。

主人公は日本で失業保険にあたるものを申請するのですが、医師から働くことを止められているにもかかわらず、健康面で就労が不可能な時に求める受給の対象から外されてしまいます。

受給却下の審査結果を不服として再審査を求める手続きと、求職活動をしているけれども、職に就くことが出来ない場合の受給申請を同時に行わなければならないと役所から説明され、困り果てるダニエル・ブレイク。

お役所で手続きを行ったことがある人なら、おそらく誰でも感じたことのある不便さ(時には理不尽さ)を見せるところから物語は始まります。

手続きの書類を入手するのにインターネット以外の手段がないなど、日本より
も不親切な制度のようにも感じられますが、明日は我が身のあるあるネタです。

ユーモアのある皮肉たっぷりな口ぶりが魅力的な、主人公のダニエル・ブレイク。彼のおかげで事態の深刻さは、かろうじて見るに耐えるものになっていますが、物語は一貫して問題提起のみを行います。

単館映画館でよく上映されている、クセは強いが実は根はやさしい老人と、周囲の人々との交流をハートフルに描いた作品みたいなものを期待すると、キツイ思いをすることになる。

このあたりのシビアさは、いかにもカンヌで評価される類の作品と言えます。

日本とイギリスとの細かな社会保障制度の違いはあれ、作品を観ていて感じることは、ルール(制度)遵守にこだわることで、しばしば援助の必要な人にそれが与えられない結果を招くということです。

鑑賞者が主人公に寄り添って、物語のゆく末を見守ることが出来るのは、ひとえにダニエル・ブレイクなる人物が、至極まっとうな人だからこそ。

おそらく日本でもイギリスでも、実は援助の必要がない状況にありながら不正受給をしている人が、あたり前のようにしているズルを出来ない、曲がったことを嫌うダニエルの一本気な性格が災いし事態が悪化してしまう。

不正受給をなくすために設けられているルールなのだろうけれど、真面目な人が損をするのはおかしいんじゃないの?と(問題をあまり込み入らせずに)シンプルなところへ気持ちを持っていかせる見事なキャラクター設定です。

主人公ダニエル・ブレイクを演じているのはコメディアンで、俳優としては主に舞台で活躍している人のようです。この人こそダニエル・ブレイクそのものと思わせる見事な演技で、大半の鑑賞者は彼を好きなるはずですし、その好感度こそが作品の肝となる。

まさにタイトルロールとなるべくして、なっています。また、固有名詞がタイトルであるという点も、この映画の最大のテーマのひとつでもあります。

ケン・ローチ監督のさっぱりとした演出だからこそ、感情に訴えてくるものがあり、社会的な問題提起の手法として実に巧妙であると感心しました。