映画ザビエル

時間を費やす価値のある映画をご紹介します。

感染症のいろは

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コンテイジョン

 映画情報

だいたいこんな話(作品概要)

香港で仕事を済ませたベス・エムホフは、帰国してすぐに風邪の症状や倦怠感があったが、夫には海外出張の疲れだと伝えてベッドにもぐり込んだ。2日後、ベスは自宅でけいれんを起こして意識を失い、病院に搬送されたがほどなくして死んでしまう。

夫のミッチは、医師から死因が分からないと告げられ困惑するなかシッターから緊急の連絡が入る。ミッチが慌てて帰宅すると、息子のクラークがベスと同様の症状で、すでに死んでいた。ベスとクラークは正体不明の感染症による死亡と推定され、ミッチも感染の疑いから隔離されることになった。

CDC(疾病予防管理センター)のエリス・チーヴァーは、この病気の解明を部下のエリン・ミアーズに委ねる。エリンは症例の報告があった現地へ調査に赴き、感染拡大阻止に向けて奔走するが、自らも感染し死亡してしまう。

香港ではWHO(世界保健機関)の疫学者レオノーラ・オランテスが、ベスを初発症例だと突き止め本部へ戻ろうとしていた。その時、香港の政府職員のスンは自身の故郷の村に優先的にワクチンを入手するため、人質としてオランテスを拉致する。

感染による死亡者が増え続け、世界は混乱を極めていく中で、CDCではワクチンの開発が急がれるのだが。

わたくし的見解/ウイルス以上に感染していく恐怖

パンデミックを取り扱ったパニックムービーは少なくありませんが、中でも本作は比較的近年に起こった事例を丁寧に踏襲している点で、リアルな恐ろしさを覚える作品です。

制作年度からみると、2003年にWHOがグローバルアラートを出した「SARS重症急性呼吸器症候群)」をベースに、かなり徹底した取材を行い脚本が練られています。(MERSは2012年なので本作の公開以後に流行)

SARSやMERSは比較的、特定の地域で流行したため、日本で暮らす私にとっては知識も意識も不足していたことが今回よく分かりました。現在、世界全体が新型コロナウイルスと闘う中で、度々報道で取り上げられる「クラスター」や「実効再生産数」などの用語が、本作ではバンバン登場し、また「飛沫感染」「接触感染」とはどのように起こっているのかが、冒頭から伏線として意味ありげに映し出されます。

すでにご紹介したとおり、ジャンルとしてはパニックムービーあるいはディザスタームービーの枠であることに間違いありません。しかし、ゾンビ映画のようなゴテゴテに明確なフィクションではなく、実際あったし、これからも十分起こり得る現実的な恐怖の描き方として、とても誠実であると言えます。

今だからこそ、劇中の細かな描写の一つ一つ(例えば、主要人物が咳を手で覆い、その手で交通機関の手すりを触るなど)に、キャー! と悲鳴を上げたくなりますが、映画全体の演出としては過剰な部分は一切なく、その身近な危険の数々に背筋が凍ります。

スリラー映画の場合、フィクションばりばりのゾンビ映画でさえ「結局、生きてる人間が一番怖い」説を以前から個人的に提唱しているのですが、本作のような大真面目なものでも、それはやはり当てはまります。致死率が高く治療法の確立されていない感染症の蔓延で、人々が常軌を逸してパニックに陥り、人が人を攻撃するようになる様が地獄絵図なのです。

とくに非常事態の中でも自分だけ利益を上げ一人勝ちしようとする、WEBライター(自称ジャーナリスト)アランの存在は、なかなか治らない口内炎のような不快感があります。登場人物の中には、幾らかの不正を行う者もいますが、誰もが自分の家族の命を守りたくて陥る弱さであるのに対して、彼は金銭と自己顕示欲のためだけに特効薬のデマ情報を拡散します。

そういった映画の中で見せられる悪しき状況が、現在の世界と酷似している点に人間の業を感じずにはいられません。フィクションであっても他人事では済まされないのです。

ところで、本作で最も評価すべきは、パンデミックを真摯に取り扱いながらも、エンタメ性を失っていないことです。劇中の感染症の致死率を高く、潜伏期間を短く設定することで物語がテンポ良く展開し、さらに事の始まりをラストに提示することで、この厄災がループしているように見せる演出は、スリラー映画として定番の顛末ながらも見事でした。

さて、私たちの対峙している新型コロナウイルスですが、映画の感染症よりも致死率は低いものの潜伏期間が長い点で、個人的に非常に厄介だと感じています。感染することへの不安も大きいですが、それ以上に自身が無症状で他者を感染させてしまうかも知れない恐怖があります。当然、有効な治療薬の登場も望んでいますが、とにかく、一日も早くワクチンが完成することを祈るばかりです。