映画ザビエル

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リアルがちのスローライフ

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WOOD JOB!~神去なあなあ日常

 映画情報

だいたいこんな話(作品概要)

大学受験に失敗した平野勇気は、付き合っていたガールフレンドにも振られてしまう。浪人する根気もなく適当に選んだ職業案内のパンフレットに心奪われ、実家を離れて林業の研修プログラムに参加する決意をした。そこに写っていた綺麗な女性と同じ職場で働けるのでは、と期待したのだ。

ところが、都会で育った勇気には山奥での不便な暮らしと林業の重労働は想像を絶するもので、研修中にこっそり逃げ出そうとする。その時、勇気は憧れていたパンフレットの女性と偶然対面できたのだが。

「なあなあ」とは、物語の舞台である三重県の神去(かむさり)地区で、ゆっくりのんびりいこう、小さなことにくよくよするな、などを意味する方言。

 

わたくし的見解/

かつて、仕事をしながらも熱心に英会話教室に通っていた友人に言わせると、「やっぱ語学の上達には下心が必要」らしい。日本人にありがちな、外国人に直面して臆してしまうような事はレッスンで場数を重ねるうちに克服できた。

さらに、その友人はもともと語学センスがない方ではないし、いかにもな欧米人のノリの良さにも対応できるタイプでもあった。そのため、これ以上のレベルを目指すには「もう特定の外国人の異性を好きになる他ない」との結論に至った。

「下心が必要」とすると極端に聞こえるが、要するにお尻に火が付く切迫した状況を作るには最も現実的で手っ取り早いという話。たとえば、英語しか通じない異国に一人放り込まれて長期間生活することを強いられる(ワーキングホリデーなどは不可。つい同じ境遇の人とつるんでしまうから)とか、突然日本語のまったく分からない欧米人が上司になる、などでも確実に上達するだろう。

ただ、そのような機会はなかなか得られないのに対して「好きになる」は、渡航しなくても外資系に転職しなくても手に入りそうなシチュエーションである。しかも追い込まれて苦しみながら学ぶのではなく、相手をもっと知りたい、より円滑にコミュニケーションを取りたい(口喧嘩できるくらいになりたい)など自発的で前向きなモチベーションが保てる効果もある。

なぜ、日本の林業を取り上げた映画なのに語学習得の秘策について語っているのか。

本作は矢口監督らしく、コミカルな作風ながらも厳しい現実もきちんと織り交ぜた、実に誠実な作品だ。その中で、間違いなくキツい林業の仕事に若者を取り込む突破口として「下心」を配した点に、感銘を受けたことが前置きの長さに繋がっている。そんなバカな! と思っても、下心の持つ原動力は侮れないよな、と妙に納得してしまったのだ。

いくら高校を出たてでウブだからと言って今時の子が、パンフレットに自分好みの美人が写っていたくらいで、よく知りもしない林業に従事してみようなどと思う訳はないのだが、まかり間違って思ってくれる人がいるから自衛隊にしろ業界各種にしろポスターなどには麗しい容貌の人を使っているに違いない。(もちろん、こんな素敵な異性と出会えるかも、ではなく自分もこんな爽やか男子や素敵女子になれるやも、という幻想を抱かせる目的もあるだろう)

とは言え、この導入部分には多少無理を感じなくもない。案の定、原作小説ではパンフレットのくだりはないようで(ただし、ある女性への下心ならぬ恋心は原作でも重要)映画として序盤で、観客を掴むための苦肉の策と言える。矢口監督のヒット作「ウォーターボーイズ」でも、廃部寸前の水泳部に転任したての若くて魅力的な女性教師が顧問になった途端、男子部員が30人増えるところから始まるので、それにあやかったのかも知れない。

映画全体にも同様の無理は垣間見える。動機の不純な高卒男子に1年の研修期間で、100年先を見据える林業の魅力が伝わったことを、たった2時間で描こうとすると、どうしても駆け足になってしまう。おそらく悠久の時を刻む山での暮らしぶりや、サブタイトルにある「なあなあ」をしっかり味わうには、三浦しをんさんの原作を読むに限るのだろう。

その代わり、この「WOOD JOB!」では監督のもう一つの代表作「ハッピーフライト」のように専門職の悲喜こもごもを愉快に紹介してくれる。田舎暮らしの良し悪しについてもフランクに知ることができる。さらに、良いところばかりを見せない姿勢に好感が持てる。(コンビニがなく携帯が繋がらないなどの表面的な部分だけでなく、コミュニティーとして閉鎖的な部分があることなど)

私が普段は積極的に鑑賞することのない、幅広い年齢層が楽しめる良作である(矢口監督の作品はいつもそうだ)。では、なぜ今回これに興味を抱いたのかと言うと、減少し続ける林業従事者に若年層を取り込むにはどうすれば良いか?と子供らに問う機会があったからだ。

子供達に考えさせておいて自分はノープランと言うわけにはいかない。自分の子供が相手ではないだけに、適当に煙に巻いて終わることも出来ない。何かヒントになればと思って鑑賞してみたものの、大人相手ならまだしも子供に向かって「やっぱ下心よ」などでは模範解答になるはずもなく、結局のところ困り果てている。人手不足は林業に限らないから難しい。

さて、冒頭で登場した友人とは別の友人に言わせると、ある程度までは下心で語学の上達は見込めるが、付き合いが長くなると会話のパターンが決まってきて伸び悩む時が来るらしい。日本人同士でも長く一緒にいればそうなるのだから当然かも知れない。また、そうなる(つうかあの仲になる)からリラックスした親しい関係だと言えるのだが。

それでも下心の持つ瞬発力や機動力は、さまざまな分野で役に立ちそうだ。長期的ビジョンについては、また改めて考えることにしよう。ひとまず「なあなあやで」ということでお開きに。