映画ザビエル

時間を費やす価値のある映画をご紹介します。

親になってもモラトリアム

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ワイルドライフ

 映画情報

 

だいたいこんな話(作品概要)

1960年代、カナダとの国境が近いモンタナ州。14歳のジョーは、ゴルフ場でレッスンプロや雑用として働く父親のジェリー、専業主婦の母ジャネットと共に、この田舎町を新天地と決めて新しい学校にも馴染み始めていた。

ところがジェリーが解雇され、仲睦まじい姿を見せていた両親の仲に亀裂が入り始める。家計を支えるためにジャネットはパートを始めるが、ジェリーは一向に就職を決めてくる様子はない。その上、大規模な山火事を消す仕事に行くことを突然決めてしまった。

山火事の消防は命の危険が伴うだけでなく、その報酬はボランティアと見紛うほどで、ジャネットは強く反対したがジェリーは全く耳を傾けなかった。ジェリーが山に向かった後、ジャネットは途方に暮れ、生活の立て直しに奔走するのだが。

原作は、ピューリッァー賞作家リチャード・フォードが1990年に発表した「WILDLIFE」。個性派俳優ポール・ダノの初監督作品。

 

わたくし的見解/手に負えないのは、自分

一般的な価値観で家族と呼ばれているものが儚くも崩れさってしまう様を、14歳のジョーの目線で捉えた物語で、そのように紹介すると、繊細な少年の心の機微を取り上げた作品に違いないと想像されるのではないだろうか。

実際にジョーの心中に立つさざ波を丁寧にすくい上げているが、同時に母ジャネットや父ジェリーの中にあるアンバランスさと、それでもバランスを保とうと苦悶する様子も細やかに描かれていて、かなり純文学的な映画だと言える。なかでも子供以上に、親たちが傷ついている姿が印象的だった。

それもこれも主人公ジョーの物分かりが良く、しかも親たちの異常事態について率直にかつ穏やかに自分の不安や疑問をぶつけてくれるので、大人が大人気ない行動をとっていられるのだけれど。つまり、親が大人になりきれていない現実を見せつけられると、子供はどうしたって、しっかりせざるを得ないのだなと痛感した。

しかし「ワイルドライフ」での親たちが特別に、精神的に未熟な訳ではない。生活さえ安定していれば、努めて良き母であったし、極めて良い父親だった。子供から見れば唯一無二の父母であることに違いないが、彼らも(子供にそれが認められているように)それぞれに人格を持つ一個人である以上、自らの人生をどうしていくのか、また何を求めて生きていきたいのかと悩まされて当然なのだ。

とは言え、鑑賞している間ずっとジョー少年が不憫でならなかった。父親は蒸発に近い形で出ていくし、それに伴って母親は残された子供と生きるために自分たちを擁護してくれそうな異性を求めて、これまでに見せたことのないような振る舞いをするようになる。ジョーは察しが良いせいで、ひたすらショックを受け、傷つき続けるものだから、観ているこちらも大概つらい。

結果的に家族は通常とは違う形に変化するが、ジョーの達観ぶりについては、一貫して年齢以上の落ち着いた受け止め方をしていたので意外性は弱い。ところが、この静かな物語のともすると気付かれない、ささやかなどんでん返しは、少年ではなく親たちの成長にある。子供と比べれば、その伸びも残された伸びしろも取るに足らないが、少しはジョーに顔向けできる程度になっていて救われた。

ところで舞台になっている町は、山火事がそう珍しくもない自然豊かな場所であるため、当初は「ワイルドライフ」というタイトルに、文明から離れて野性味溢れる暮らしでも目指すのかと想像していた。けれども、どうやら口語表現で「手に負えない」ことを指しているようだった。

確かに、人生はままならず手に負えないことばかりだ。子供だけでなく親もそれ以外の大人も、誰しも皆、傷つきつつも自らの人生を少しでも良くするために、葛藤し続けているのだと改めて気付かされる、良い作品だった。個人的には、太宰治の「黄桃」の冒頭文が頭に浮かんだ。