綺麗ごとを、あなたに
未来を生きる君たちへ
映画情報
- 原題:HAEVNEN
- 制作年度:2010年
- 制作国・地域:デンマーク、スウェーデン
- 上映時間:118分
- 監督:スザンネ・ビア
- 出演:ミカエル・パーシュブラント、トリーヌ・ディルホム、ウルリク・トムセン
だいたいこんな話(作品概要)
エリアスは学校でいじめを受けていた。父アントンは医師としてアフリカ難民キャンプとデンマークを行き来する生活が続いていることで、エリアスの抱える問題に気付けずにいる。
ある時、いじめられていたエリアスは、転校生のクリスチャンに助けられ、二人は急速に距離を縮めていくのだが。
わたくし的見解
子供より親が大事、と思いたい。子供のために、などと古風な道学者みたいなことを殊勝らしく考えてみても、何、子供よりも、その親のほうが弱いのだ。
これは、太宰治「桜桃」の冒頭文である。
「未来を生きる君たちへ」は、決して夫婦喧嘩を持ってまわった物言いで描いてもいないし、一粒のさくらんぼさえ登場しない。
だからといって、このおせっかいな邦題のごとく、未来を生きる子供たちに向けて、あるいは子供たちの世界を物語としている訳ではないと思う。
「子供より親が大事」とまでは言わないけれど、子供たちの親、大人たちの物語でもあると強く感じた。
二人の少年、エリアスとクリスチャン、そして彼らの家族が中心に描かれている。原題は「復讐」とのことで、さすがにタイトルが(たとえ血文字でなくとも)漢字で「復讐」となれば、観客動員も期待出来ず、配給会社も邦題を考えて当然とは思う。
しかし、だったら英語タイトルの「IN A BETTER WORLD」でいいじゃん、などと邦題についての文句はつきないが、それはまた別の話。
少年たちと、エリアスの父(アフリカ難民キャンプで医師として働いている)の姿を、カメラは主に追いかける。それぞれに、理不尽なほど一方的な暴力が襲いかかるのだ。
暴力に対して復讐を是とする子供たちと、非とする姿勢を貫きたい、またそれを子供たちに理解して欲しいと切に願う父親。
主人公たちが皆、真摯に生きている。これはスザンネ・ビア監督の映画に見られる共通点で、私がとても惹かれている部分でもある。
映画の彼らはみんな、それぞれにベストを尽くして生きている。しかし、だからといってベストな結果が得られるとは限らない。むしろ得られないことの方が圧倒的に多い。そしてベストを尽くしても、必ずしもそれが正しいわけでもない。
このあたりのシビアさがリアルで、観ていて正直しんどいけれど、ただただ重苦しいだけでは終わらない。映画の中に、スプーンひとさじの綺麗ごとがある。これも私がスザンネ・ビアの作品を好もしく思える重要な要素だ。
この物語を、このように解釈して、このように感動してください。というお膳立てが非常に弱い映画だ。そのくせ結局は綺麗ごとか、と物足りなく思われる人もいるに違いない。でも私は、映画に綺麗ごと、何がいけないの? と思う。
生きるということは、たいへんなことだ。あちこちから鎖がからまっていて、少しでも動くと、血が噴き出す。(太宰治「桜桃」より)
現実はいつだって厳しい。せめてフィクションに綺麗ごとを。フィクションの中だけでも正しい世界を。
スザンネ・ビアは、ハリウッドに進出したこともある監督なのだけれど、この作品のように古巣デンマークで映画を撮り続けて欲しい。そう強く感じた。
綺麗ごとの分量がハリウッドだと変わってしまうのだ。ヨーロッパで撮ると、ちょうどスプーンひとさじ位で心地よいのだ。