映画ザビエル

時間を費やす価値のある映画をご紹介します。

「正しいことをやりたければ偉くなれ」みたいな話

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ブラック・クランズマン

映画情報

だいたいこんな話(作品概要)

1970年代半ば、アメリカのコロラド州コロラドスプリングス警察署で、ロン・ストールワースは黒人初の刑事として採用された。はじめは資料室に配属され退屈な日々を過ごしていたが、転属希望が叶い情報部で働くことに。

過激な活動の火種がないか日々の新聞をチェックする中で、白人至上主義団体KKKクー・クラックス・クラン〉のメンバー募集広告に目が止まる。ロンはKKKに電話し黒人差別発言を繰り返して団体の幹部に気に入られ、見事に入団面接の約束を取り付けた。

以降、電話でのやり取りはロンが、実際に対面するのは同僚の白人刑事フィリップが担当し、二人で一人の人物を演じて団体の活動を探ることになった。

この頃のKKKは、公には黒人差別発言を一切しない新しいリーダーのもと、暴力行為もタブーとする団体となっていた。しかし潜入捜査が進むなかで、ロン達は一部の過激なメンバーによる不穏な動きを察知するのだが。

わたくし的見解

主人公のロン・ストールワースは実在の人物で、実際に1978年にコロラドスプリングス初の黒人刑事として採用されています。映画は彼の回顧録「ブラック・クランズマン」を原作としていて、KKKへの潜入捜査も最高幹部デビッド・デュークの護衛を務めたことも事実のようです。

とは言え、スパイク・リー監督によって、かなりの脚色が加えられています。

スパイク・リー監督のストレートで強いメッセージ性を具現化するために、意図的に旬なキーワードが作品内に散りばめられている一方で、奇遇にも約40年前から放たれている言葉が、現在の世相とリンクしている点には驚かされます。

“America First”や、“Make America great again”などは、KKKの(現在では元)最高幹部デビッド・デュークが1970年代から自身の演説やラジオにおいて、繰り返してきたフレーズのようです。ここ数年、私たちもアメリカ大統領の決め台詞として、ニュースで何度も耳にしていますね。

このデビット・デュークという人物は、映画でも触れられているように、古典的なKKKのイメージを払拭し、三角の覆面は被らずスーツ姿で政界に打って出ます。70年代以降は、あくまで合法的に人種間の分離を目指して活動しており、現在は違うものの一時期は議員まで務めています。

実は、映画で描かれている70年代のKKKは衰退期。その後しばらくは、団体が細分化してしまったことや、時代の価値観の変化によって低迷期が続きます。ところが、2000年代に入って再び存在感を表しつつある。トランプ大統領の当選以降は、言うまでもありません。

この映画はしっかり娯楽作品でありながら、冒頭から包み隠さず徹底的にトランプ大統領を批判しています。面白いのは、これほど真っ向から批判しているのに、少しも暗い作品ではないところでしょうか。

終盤では、現在の白人至上主義者とそれに反対する人々が対立して起きた暴動のニュース映像などが流れて、リアルタイムの現実に緊張感が走ります。と同時に、映画の物語部分では、主人公が劇中で悪さをした白人を一通りやり込めて一件落着として、作品全体のバランスを取っています。

映画で描かれている70年代にあった差別が、現在でも横行している厳しい現実と、それでも諦めずに世の中を良くしていこうとする人々が、黒人にも白人にもいるという希望と。これは、20年以上前のスパイク・リー監督作品「マルコムX」では、決して描かれなかった部分です。

主人公が潜入捜査の中で、いい感じになる友達以上のガールフレンドが登場します。彼女はブラックパンサー党の中心人物の一人で、黒人の権利獲得を目指し、黒人自らがその価値に気付くべきだと熱く訴える女性です。

主人公のロンは彼女に強い思いを寄せていて、黒人の権利獲得についても大いに同意していますが、彼女達の考えもまた偏っていると指摘するのです。彼女にとって、いつも黒人を不当に扱う警察は悪であり、自分達がいつもされるように警察の人間のことを必ず蔑称で呼びます。

ロンは、それでは同じことの繰り返し(互いに差別し続けるだけ)だと気づいていて、「踊る大捜査線」の青島くんと室井さんよろしく、自分は警察の内部からそれを正しい方へ導いてみせると断言します。(あるいは、かが屋の年金コントみたいでもあります)

この姿勢によって、軽妙なニューヒーローと、作品で取り上げられている問題への光明が生まれていると私は感じました。

実は先ほど少し触れた、スパイク・リー監督の1992年の作品「マルコムX」で一躍スターダムにのし上がった、デンゼル・ワシントンの息子が本作の主人公を演じています。

スパイク・リー監督の作品を観るのは久しぶりだなぁ」なんて呑気に構えていた私は、この記事を書くにあたって初めて主演俳優についての詳細を知り、個人的にはかなりの衝撃を受けました。監督や制作側としては狙いにねらったキャストのはずですが、ぼんやりしている者にとっては「どうりで私も年を取るはずだ」の一言に尽きます。

マルコムX」のデンゼル・ワシントンは、カリスマそのもので実にスマートでクールな存在でした。比べるとロン役のジョン・デヴィッド・ワシントンは、どちらかと言えばチャーミングなタイプで、それも本作には上手くハマっていると思います。

作品背景の70年代と変わらず、一部の警官が、いまだに黒人だというだけで不当に扱い過剰な暴力をふるっている事実は存在し、由々しき問題です。それでも、少しずつは何かが変わっていると思うのは都合が良すぎるでしょうか。

真面目なことを言い出すとキリがありませんが、本作自体は前半にお伝えした通り娯楽作品なので、何も考えずとも潜入捜査のドキドキハラハラを味わえるものになっています。登場人物も魅力的ですし、トランプ氏を好きでも嫌いでも問題なく楽しめます。ぜひ安心してご鑑賞ください。